乱読家ですが、何か?

読書メーターで書ききれないことを残すためのブログです。

#8 コンビニ人間  村田沙耶香著

 

 村田沙耶香を一躍有名作家にした芥川賞受賞作。

 これを読んで、「普通」とは何か、そして「普通」じゃない(と見なされた)人の生きづらさについて考えさせられた、というのが多くの人の持った感想じゃないだろうか。

 

 私が今感じているのは、この小説で「普通」代表の場のように設定されているコンビニがはたして「普通」か? ということ。

 

  どこにでもあって、24時間365日普遍的かつ実用性重視の商品を扱うコンビニは、その没個性、つまり「普通さ」こそが存在価値ともいえる。

 店長の個人的な趣味で買い付けた一点ものとか、ごく限られた人だけが求めるような品は必要とされていない。

 

 

 主人公・古倉恵子がアルバイトをしているのも、ごくありふれたオフィス街にあるコンビニ。私は、そこで働く人たち(店長をはじめとする複数の店員)の会話に強烈な気味の悪さを感じた。

 

 会話に、といってもその内容ではなく、彼らの口調である。

 彼らの台詞にはほぼ100%といってもいいくらいエクスクラメーション(!)が付いていて、とうてい日常とは思えないテンションの高さ。着ている服の話だろうが、新発売の商品の話だろうが、常に「!」のテンション。

「!」がない場合は、「○○なんですよねー」のように語尾が伸びている、あるいは「○○なんですけどっ」と撥ねている。

 こんなに「!」「ー」「っ」の何かしらがくっついている会話、したことも聞いたこともない。

 どれもが、不自然で不適切だ。

 

 

この中の誰とも友達になれないし、なりたくない。

 

 

 たとえば、新しいアルバイトを探さないと店が回らない、という状況で店長がいう。

 

「友達でバイト探している子いないか声かけたりしてるんだけどねー!」

 

 仕事の話、しかもどちらかといえば深刻な問題点の話ですよね?

 なぜ「だけどね。」で終わらないんだろう。

「ー」と「!」の両方で、もはや過剰の二乗。

 私なら、上司にこんな勢いで話されたら間違いなく引いてしまう。

 が、ここ(コンビニ)ではこれが「普通」としてスルーされるようだ。

 

 こんなテンション、「普通」じゃないだろ。

 基本のテンションが低め設定の私には、違和感ありありだ。

「スマイル0円」と同種の気味悪さを覚える。

 

 コンビニにおいては一挙一動が完全にマニュアル化され、「元気よく! はきはきと!」した振る舞いが是とされているのはわかる。

 コンビニ以外の社会で邪魔者扱いされてきた主人公が、マニュアルに沿い機械的に働くことで「世界の部品になることができた」と実感し、生を得た気持ちになるのも、まあわかる。

 

 わかるんだけど……なんか釈然としない。

 

 こんな「普通」じゃない場で「普通の生き物」を演じることが「普通の世界」に馴染むということになるのだろうか?

 

 

 私にしてみたら、新人アルバイトとして登場した白羽(しらは)の方がよほど「普通」に見えた。

 自らコンビニバイトに応募しておきながらそこで働く人々を「底辺の社畜」と見下し、初日から遅刻はするは仕事はさぼるはで、決して褒められた人物ではないのだが、少なくとも語尾に妙なマークが付く話し方はしないし、むしろ低い温度で「はあ……」「え……」と反応する彼は、やたらと前のめりな言葉を放ち続ける愉快な仲間たちよりは信用できる感じがした。

 

 

 当たり前のことだけど、「普通」なんてあってないようなものだ。

 古倉恵子は家族や友人から「普通じゃない」という扱いをされ、その古倉恵子が「普通」と思ってコピーしていくコンビニの人々を私は「普通じゃない」と思っているし、コンビニの人々は何かにつけて縄文時代を引き合いに出す白羽を「普通じゃない」と嫌う。

 結局自分が「普通」(違和感がない、または少ない)と思うところを生息地として生きるしかない気がする。

 ならば、いくら私が釈然としなくても、古倉恵子がコンビニで生き生きしているならそれは彼女にとって正しい生息地にたどりついたことになる。

 

 問題は、共通の価値観をもつ集団が多数派になれば力をもち少数派を疎外しようとすることにあって、それが、白羽のいうところの「現代は縄文時代」説だ。

 

「この世界は、縄文時代と変わっていないんですよ。ムラのためにならない人間は削除されていく。狩りをしない男に、子どもを産まない女。現代社会だ、個人主義だといいながら、村に所属しようとしない人間は、干渉され、無理強いされ、最終的にはムラから追放されるんだ」

 

 窪美澄の『アカガミ』を彷彿させる彼の持論は、私には全然「ヤバい」とは思えなかった。

 実に的を得ている。

 ただ彼は、三十代半ばなのにアルバイトで、一回も恋愛をしたことがなく、性行為の経験もないことで周囲から嘲笑され蔑まれてきた経験によりものすごい角度で屈折し、屈託しているというだけのこと。

 白羽と同族に見える主人公ですらこの縄文時代説を聞いて「被害者意識が強い」と思っているが、私は白羽は間違いなく被害者だと思う。

 

 

 さて、では世界はどうなれば平和になるのでしょうか。

 みんなが自分にとっての「普通」の場所で「普通の人」として健やかに生きていける世界。そんなものはあるのでしょうか。

 

 そんな問いを投げかけられ、未だこれといったこたえもなく、自分が少しでも息のしやすい場所を探しつづけている私である。