江戸川乱歩は、私にとって特別な作家の一人だ。
小5の時、クラスメイトが「これおもしろいよ」と教えてくれた『怪人二十面相』が初乱歩で、早速読んだ私は、一気に夢中になった。
「おもしろい」なんて言葉では足りないほどの衝撃を、実際にガーーンという音が聴こえそうなくらい受けたのを憶えている。
それからしばらく、図書室にずらりと並ぶ少年探偵シリーズを片っ端から読み漁る日が続いた。
その興奮、その恍惚感
小学校に上がる前からすでに読書好きではあったけれど、「こんなに続きが気になるなんて!」とはっきり感じたのは初めてだったし、「なんか怖いんだけどものすごく覗いてみたい」という感覚もたぶん初めてだったと思う。
その甘美な心地は性的な昂ぶりに近いものがあった。というのは大人になってからの分析。
ともかく、弱冠十歳にして乱歩に魅了された私は贔屓も甚だしく、乱歩作品に限ってはほぼ無条件で絶賛するようになった。
そしてやはり乱歩といえば明智、明智といえば乱歩、なのである。
鮮やかな登場シーンや知性溢れる謎解き、そして時折見せるお茶目な一面。これはそのまま乱歩に対するイメージに重なる。
この『何者』では、なんと登場人物二人が明智小五郎を話題にのぼらせ、しかも片方が直接的にディスっているという乱歩の自虐ネタともいえる台詞が二度も出てくる。
彼らは内外の名探偵について、論じあっているらしかった。ヴィドック以来の実際の探偵や、デュパン以来の小説上の探偵が話題にのぼった。また弘一君はそこにあった「明智小五郎探偵談」という書物を指さして、この男はいやに理屈っぽいばかりだけとけなした。
明智小五郎は小説の中の人物ではなく、実在の探偵としての扱い。
で、探偵通の弘一君(陸軍少将の一人息子でなかなかのお金持ち)は明智が嫌い。
弘一君が日ごろ目のかたきにしている「明智小五郎物語」の主人公が、槍玉に上がったのは申すまでもない。
「あの男なんか、まだほんとうにかしこい犯人を扱ったことがないのですよ。普通ありきたりの犯人をとらえて得意になっているんじゃ、名探偵とはいえませんからね」
弘一君はそんなふうな言い方をした。
思い切り自虐!
しかしただの遊びで盛り込んだネタと侮るなかれ。これがしっかりラストに繋がるというお茶目でありお洒落な伏線なのだから。
ストーリーは、屋敷内で起こった謎多き事件をその場に居合わせた数名と駆けつけた警察があれこれ推理していくという王道中の王道ではあるが、このアンチ明智である弘一君がいろいろと魅せてくれる。
これだから乱歩はやめられない(言わずもがな)
ちなみに私の読んだ青空文庫ではもう一作『悪霊』がセットになっているが、こちらは未完作品で、犯人も謎の記号も解けないままブツ切れている。
「連載中、結末を思いつかず読者に謝った」とトリビアの泉でも取り上げられた(YouTubeで見れます)曰く付きの作品。
ダメじゃん、乱歩。゚・(>Д<)・゚。
ていうか、降霊術のシーンでちょっと無理があると感じてはいたけれど。
それならそれで、このあとどうなるのか知りたい知りたい! と、俄然想像力と好奇心を掻き立てられるのは、私の贔屓目の為せる技だろうか。