好きな作家との決別
今私は、西加奈子との別れを感じている。
初めてのことではないが、失恋だって二回目三回目なら痛みも悲しみもないわけではない。
いや失恋とかいったらちょっと気持ち悪いか。じゃあ何だ? あれだ、バンドが解散する時の「方向性の違い」ってやつだ。
まあとにかく別れには別れだから、そこには寂しさがある。
実は一年くらい前に『サラバ!』を読んだ時に予兆はあった。
著者渾身の一作といえる長編で、上中下巻とぐんぐん読み進めたのだけど、あれだけの量を読んだにもかかわらず感想といえるようなものが残らず、なんだか空っぽな思いがした。
響かない
でも私はそれを認めたくなかった。
これまでの著作の中で『舞台』や『漁港の肉子ちゃん』など好きな作品はいくつもある。
小説に限らず、テレビで時々お見かけする西さんのファッションもアーティスティックなセンスも大好きで、おこがましいのを承知でいえば溢れる才能に嫉妬しちゃうくらいの存在で、だから彼女の書くものを「何も残らなかった」と終わらせたくなかった。
それからもう一つ、私の好きな中村文則さんも、又吉さんも、西さんの作品をよく褒めている。彼らがいいと認めているものは何より信用できるし、私もそれをいいと思いたい。そんな意地みたいなものもあった。
(ちなみ『i』の帯はこの両氏によるもので、当然大絶賛している)
そんな、『サラバ!』での予感を完全になかったことにして、この本を手にした時は好きな作家の未読本を目の前にしたウキウキウォッチング感でいっぱいだった。
なのに……
またしても、だ。
もう無視できない。
俺たち都会で大事な何かをなくしちまったね~~
Oh my ジュ~リア~
なぜかチェッカーズが木霊するくらいの傷心(ハートブレイク)。
私の心は離れてしまっている。確実に。
そう認めるしかなかった。
理由として考えられるのは、二作品に共通した、外国で育ったこととアイデンティティの関係性やそれによる苦悩みたいな、おそらく西さんご自身の体験が色濃く出る新たなテーマというか、ステージが、私には合わないといったところ。
熱の籠もった文であればあるほど、蚊帳の外に出されて入れてもらえない疎外感に似た思いから「空っぽ」という受け取り方になるのかもしれない。
ただ一つ言えるのは、「もう一生読むもんか」なんて思いはないということ。全然ない。決してない。むしろ新刊が出たら未練がましくストーキングしちゃうかもね、という諦めの悪さが残っている。
作品の内容にいっさい触れないこの文がはたして読書感想ブログといえるのかどうかは知らないが、作家に対する思い入れもまた読書の一部であり自分の読書史である、そう私は思っている。