乱読家ですが、何か?

読書メーターで書ききれないことを残すためのブログです。

#86 傷なめクラブ  光浦靖子著

 

  

 少し前ことになるが、なぜラジオや雑誌などの人生相談を見てしまうんだろう、という疑問が生まれた。

 赤の他人の、自分とは無関係の相談事を見たくなるって、改めて考えてみればとても変な話。

 仮にたまたま相談者と同じ悩みを抱えていたとしたら解決の糸口を知りたくて前のめりで答えを待つのだろうけど、大概そんなことはない。

 じゃあ、人生相談を覗こうとする心理の出どころは一体どこ?

 

 しばらく考えてみた私は、「回答者がどう答えるのかを見たいのだと思う。だから興味のない人が答えているものはほとんど見ない。」そして「ああ、そういう答え方をするんだなと思ったり、私ならこう考えると思い巡らせている。」というところに落ち着いた。

 

 それから数日たって、世の中には、「人の不幸は蜜の味」の意味で見る人も多いのだろうな、とお昼のテレビ番組を思い浮かべながらふとそう思った。

 自分より大変そうな人を見て安心したい。その人に比べれば自分の方がマシだと思える。それを、なんて卑劣な! と私は非難できない。『下に見る人』(酒井順子著)の感想でも書いたように、そうでもしないとおさまらないことってあるから。

 その中では、大久保佳代子さんがラジオで悩み相談に答えていた内容にも触れたのだけど、大久保さんの相方である光浦さんも雑誌の連載で悩み相談コーナーをやっていたことがあって、それをまとめたのがこの『傷なめクラブ』だ。

 

 

 ザ・学級委員! というイメージの光浦さん。

 常に正論を一分の隙もなく並べる光浦さん。

 反論したら十倍返ししてきそうな光浦さん。

 

 だから私はちょっと苦手だったけど、この本がほとんどただみたいな値段(17円)で売られていて、それならばと暇つぶしにさらっと読んでみた。

 

 

 まず冒頭で、この「傷なめクラブ」は人の悩みをオカズに慰め合い、バイト感覚でアドバイスをすることが主な活動内容です、と趣旨が明記されているとおり、相談する方もされる方もシリアスな雰囲気はまったくない。

 相談というより日常の小さな不満や腑に落ちないことを「ちょっと聞いてよ」と愚痴るような感じ。

 

 十数年前の連載だから回答者の光浦さんは当時まだ三十代前半から半ばくらい。なのに既に現在と変わらない貫禄すら感じる語調で、ふざけはしても浮ついていない。

 

 

 では、取るに足らないような相談の中から一つ。

 

 <お悩み>

店長が「給料もらえんのは誰のおかげだと思ってんだ? 感謝しないなら今までの全額返せよ!」や「お前は豚そっくりだな~。養豚場へ帰りな!」や「実は俺は霊が見えるんだ」とパワハラしてきます。辞めたくても辞めさせてもらえません。この店長からどう逃げればいいでしょう?(村野儒乗・25歳パート・女)

 

「霊が見える」のがパワハラにあたるのかはさておき、それ以前の発言が職場で堂々とされていたのは時代のせいといってしまえばそれまでだけれど、その時代だったら何をいってもいいわけがない。

 

 職場に限らず、家庭内でも同じだ。

 私の父親は、子供(私)が逆らったり気に入らない事があるとすぐに「誰のおかげで生活できると思ってるんだ?」「嫌なら出て行け」と言う人だった。この台詞を水戸黄門の印籠のように言い渡せば娘が思い通りになるとでも思っていたのだろうか。

 

 さてこのお悩みに、光浦さんはこう答える。

 

 この店長、アナタのお手紙を読む限り、バカですね。威張るって行動はバカしかしませんからね。

 

 バカというのは極端にわかりやすい表現で斬るというサービスで、実際には多少語弊があるとしても相談者がすっきりするためには最善の答えだと思う。

 ここで「威張る人にはこれこれこういう事情があってだな」とか御託を並べられるより「バカだ」と言い切ってくれた方が断然いい。愛がある。

 

 私は父親に「ごめんなさい。あなたのおかげです。言う通りにします」なんて言ったことは一度もなく、むしろますます軽蔑するだけだということに気が付かないのはバカを通り越して不憫だとすら思う。これは親を見下していっているのではなくて、こういう発言で他人を支配しようとする、その方法でしか力を示せない、そういう大人全般に感じる憐れみだ。

 

 

 飲み屋のママさんが言ってましたが、男は基本、教えるのが好きだと。しかも店長はバカですから、人生で人に何か教えたことは少ないでしょう。教えたがりぃの、威張りたがりぃのはずです。「教えてください」これを連発していきましょう。「養豚場へ帰ったほうがいいですか? 教えてください」「うるせぇなあ」と口ではそんなこを言いながら、まんざらでもない顔をすることでしょう。後はスッポンのようにしつこく、質問攻めにするだけです。

 

 相手をバカ前提で提案する対策は、教えたがりぃで威張りたがりぃの相手に乗っかってしまえという荒療治。

 なるほど反発するのではなく、教えたがりぃに「教えろ教えろ」とガツガツ要求していくことで逆にウザがられれば良いということか。

 まあこれは話を面白おかしくするための答えなんだろうけど……私は試す気にはならないな。

 

 アルバイトを辞められないなんてことは法的にあり得ないはずなので、もしかしたらこの相談者は本当に辞めたいとは思っていないのかもしれないし、もし本当に辞めたいのならさっさと辞めるだけのことだと思う(身も蓋もないマトモな回答)。

 

 相手を変えようとしても無駄。自分が我慢し続けるのも無意味。こういう人とは距離を取るしかないというのが、長い反抗期の末に私が出した結論。