原作は吉本ばななのデビュー作であり一躍有名作品にもなった小説『キッチン』。
リアルタイムで小説は読んだけど内容は全く覚えていなくて、映画も観たと思っていたのにやっぱり記憶はあやふや。
時は80年代後半。
この時代ならではのキッチュなファッションやヘアスタイルは当時小中学生だった私が大好きだったOSAMU GOODSやセーラーズ、漫画『アイドルを探せ』などを彷彿とさせ、それだけでテンションが上がるし、三つ出てくる家のインテリアも、昭和レトロ、トレンディドラマ調、森のペンション風、とそれぞれの懐かしさがある。
主人公・みかげを演じるのは川原亜矢子さん。
今でこそロングヘアの美しいマダムのイメージだけど、この映画では蝶になる前のさなぎのような初々しさ。
多分まだ二十歳やそこらで、サラダきのこみたいなおかっぱ刈り上げ頭に全く手を入れていないナチュラル眉毛が可愛らしい。
同僚の女の子(浦江アキコさん)と仕事帰りに飲みに行くシーンでは、バレー部の中学生みたいな二人が女子トークをしながらファンタオレンジではなくビールをごくごく飲むそのギャップに一瞬えっ?!と驚いてしまった。
そしてこの映画の見どころは、何といっても橋爪功さんが演じる絵理子さん。
ホームドラマのお茶目なお父さんとか、のほほんとした上司の役がぴったりな橋爪さんが、こんなオカマ役をやっていたなんて! という意外性を感じた直後にもうこの絵理子さんのことが大好きになってしまうのだからすごい。
派手な花柄のガウンを纏ってバブリーな部屋中をひらひらと動く姿は一見コミカルなのだけど、泣きそうになるくらい優しいのだ。
たとえば、朝ご飯を食べている絵理子さんに、「お水持ってきます」とみかげが席を立てば、「今飲みたいと思ってたの!」と大きな声で、心の底から嬉しさを表す絵理子さん。こんな最大級の「ありがとう」を言える人、なかなかいない。
正直言うことが誠実だと私は思わない。何を言うか選ぶセンスが誠実なのよ。
私は正直であることにわりと重きをおいて、また、良くも悪くも正直にしか生きられない人間だと自分で思ってきた。そこに欠点もあれば美学もある。
そんな私の信条(とまでいうと大袈裟)を180度ではなく90度でえぐってきたこの台詞が、最後まで心に残った。
正直さを否定するのではなく、けれどただ正直ならいいわけではない、もちろん嘘を言うことが是でもない、言葉を選ぶセンスだ、というのは私に足りないことの一つをずばり言い当てられた不思議な気持ち良さがある。なんだろう、この快感は。
前に挙げた「今飲みたいと思ってたの!」も、完全にセンスだ。と、後になって思う。
本当に今まさに飲みたいと思っていたかどうか(=正直さ)は問題ではなくて、自分のために水を持ってきてくれる人に感謝をすることが全て(=センス)で言葉を選べばこうなるというお手本そのものだ。
コップに水を汲むのは些細なことかもしれないけれど、他愛もない局面だからこそセンスが試されるのだろう。
「ありがとう」「嬉しい」でもいいところを、さらに上を行く「今飲みたかった」だなんて、完璧すぎる。このひと言に絵理子さんの魅力がぎゅっと、ぎゅぎゅーっと凝縮されているように感じた。
と同時に、私なら何も考えずに「あ、今は大丈夫」とか言ってしまいそうだわ、と反省する。
相手を傷つけるつもりがあってもなくても、いつも「本当のこと」を言うのがベストではない。
このことは、ここ数年の間に考えているテーマの一つで、正直ついでに告白すれば、私は数えきれないくらい正直さによって人を傷つけてきた。
不快に思っていればそれを隠すことをせず、時には故意に伝え、核心をついてダメージを与え、しかも「本当のことを言ったまで。何が悪いの?」と正当化していた。
若気の至りといってしまえば済むようなことでもあるかもしれないけれど、若けりゃいいってものでもないし、私はもうそこまで若くない。
優しい人になりたいのだ。センスを、自分のためじゃなく、相手のために使える優しい人に。
映画のあらすじはさておき、そんなことを思った。