乱読家ですが、何か?

読書メーターで書ききれないことを残すためのブログです。

#112 行雲流水  坂口安吾著

 

 

 私の住んでいるところはコンビニと同じくらい、もしかしたらそれ以上の数のお寺がある。

 外を歩けばオレンジ色の袈裟の人に出くわさないことはないし、バスに乗ればシルバーシートはなくても僧侶優先席がある。

 

 托鉢をす るお坊さんの姿も、朝の日常としてよく目にする。

 人びとは袋に入った品を寄進して頭を垂れ、お坊さんは何やらありがたそうな言葉を唱えている。

 

 まだそんな光景が新鮮だった頃、一体どんな物をあげているのだろうかと思って通りすがりにそっと供物に目をやると、どぎついピンクや緑の飲料や袋入りのパンだったりして驚いた。あと、なぜかヤクルト率が高い。

 

 こっちの勝手なイメージとしては、お米とかバナナとか、自然の素朴なものだと思い込んでいたのだけど、見るからに体に悪そうな添加物満載の品々を捧げる方も捧げられる方も気にしている様子はない。

 

 そのギャップを、見るたび面白いなあと眺めている。

 

 真面目そうなお坊さんがプラスティックの袋をばりばり開けてかぶりつき、パックにストロー挿してぷは~っとやっているところを想像して、おかしみを感じてしまう。

 

  私にはどうも、僧侶に限らずいい歳した男の人(つまりおじさん)のとる意外な所作でスイッチが入るツボがあるようだ。

 異様にはしゃいだり、しょうもない嘘をついたり、恥ずかしげもなくカッコつけたりしているおじさんを見ると、「大人なのに!」と笑ってしまう。

 

 漫画なら『お父さんは心配性』(岡田あーみん著)のお父さん、コントだと東京03の角田さんが演じる役なんかがそれにあたる。

 今年のキングオブコントでいえば、うるとらブギーズの、息子が迷子になって取り乱している父親がおかしくて、涙が出るくらい笑った。

(なのに、優勝どころか全く話題になっていないのが腑に落ちない。)

 

 これが、同じ大人でもおばさんでは面白くもなんともないから不思議だ。

 おばさんがぎゃーぎゃーやってもただ五月蠅いだけか、下手したら気を引きたいだけのブリッ子に見えてどっちにしても不快でしかない。

 

 

 さてこの短編にも、お坊さんらしからぬ変な人が出てくる。

 

 ノンキな和尚であった。彼はドブロクづくりと将棋に熱中して、お経を四分半ぐらいに縮めてしまうので名が通っていたが、町内の世話係りで、親切だから、ウケがよかった。

 

「ドブロクづくりに熱中」「お経を縮めてしまう」がまさに和尚なのに! の私のツボにハマる。

 

 この愉快な和尚さんは、ソノ子というパンスケ(と近所で呼ばれている)に対しても穿った眼で見ることなく、人間対人間で接しているところが好感が持てる。

 

「これよ。お前のお尻は可愛いお尻だよ。オヤジの寿命を養い、薬代を稼いだ立派なお尻だよ。なにも恥じることはないさ」

 

 というか、カワイ子ちゃんとエロオヤジ。人間、そんなもんよ、といった態だ。

 

 しかしその和尚に、ソノ子は「男はみんなウスバカだ」と言い放つ。和尚も男なのにね。

 

 

 和尚はシミジミ骨壺を見つめた。男はみんなウスバカに見えるという言葉が、身にこたえたのである。

 

 

 (。•́ - •̀。)シュン

 

 

――と、これだけなら面白話でチャンチャン、なのだけど、後半でソノ子がとんでもないことをしでかす。

 

 

「このアマめ。キサマ、死ぬと見せて、男だけ殺したな。はじめから、死ぬる気持がなかったのだな、悪党めが!」

 

 

 ウスバカどもへの復讐を果たしたソノ子に対して激昂する和尚の態度が、あまりに突然で私は何が起こったかわからなかった。

 

 

 和尚は気違いのようだった。お尻をきりもなくヒッパタいているのである。

 

  

 この豹変っぷりは……何だ?!

 

 結局和尚もone of ウスバカで、近所のおばちゃんが「あのパンスケ」と言っているのをまあええじゃないかと宥めながらも実は誰よりも見下していて、そのパンスケが逞しく男達を不幸にしていくのが我慢ならなかったのだろうか。

 

 

 この結末からまた最初に戻って読み直すと、和尚なのに! では笑えない。

 

 

 女を嫌悪するミソジニーの男版(男性嫌悪)ってあるのかな。

 と、調べてみたらミサンドリーというらしい。

 

 坂口安吾の書く男性には、ミサンドリーがいつも含まれているような気がする。

 そこまでいかなくても、男が男を都合よく書かない。変なヒロイズムを入れ込まない。だから好き。