ほっこり女子の好きなほっこり小説かよ、とタイトルだけで嫌煙していた。
私は対象が何であれ「ほっこり」と形容されると途端に冷める。
ほっこりカフェでほっこりラテを飲むほっこり女子会。とかもう地獄でしかない。
で、勝手にこのタイトルからそういうほっこり系の話を想像していたのだけど、本当にごめんなさいと言いたい。
最初から最後までむしろほっこりとは真逆の、不穏な空気しか流れていなかった。
まずこんな会社、具体的には、部下である若い女性の飲みかけのペットボトル飲料をてらいなくひと口飲む中年男性がいて、それを悪びれずに本人もいるところで報告し、聞いた人たちも大したことではないかのように振る舞う、あるいは軽いジョークにしてしまう、飲まれた本人ですら「気にしてません」と受け容れるような職場、絶対に嫌だ。
ぎりぎりセーフではなく完全にアウトな状況なのに、和やかな雰囲気で流そうとする、そんな場所に身を置くなんて罰ゲームとしか思えない。思えないが、会社ってそういうところだよな、とも思う。
波風は立たない方がいい。面倒は起こさないし、起こされたくない。そういう事なかれ主義がもっとも顕著に表れる場、それが会社だ。
さすがに家族でも友達でもない中年男に“間接キス”されて黙ってるような人は私が勤めた会社にはいなかったけど。
その中年男に間接キスされてもにこにこしていた信じられない神経の持ち主である芦川という女性社員は、体調不良を理由に部署全体がどんなに忙しい時期でも早退するし、残業は暗黙の了解で免除されている。
その分の皺寄せを引き受けている人がいるとか、多少体調が悪くても我慢している人もいるとか、そんなこと一ミリも考えず、帰る。
社会人としてどうなんだ、ということももちろんあるが、もっと腹立たしいのはそれを許す上司や同僚たちだ。
「まあ、でも、そういう時代でしょう、今」
え、何? そういう時代ならみんな帰りたければ帰ってよくて、誰も仕事なんてしなくなって、嘘でも本当でも「体調悪いんで」で許されて、それで会社ってどうやって成り立つの?
なんてことが通じない、「時代」の威力。怖い。
便利な言葉ではあるが、細かいことは面倒だから全部省いて終わらせてしまう投げやりな言葉でもある。
私自身、なるべく使いたくないと思っているのに便利すぎるからつい使ってしまうことはあるし、聞いた相手は妙にそれで納得するからますますたちが悪い。
時代って、いつからの?
令和から?
そもそも平成の頃はみんな今何年だっけ? と雑に扱っていくせに、もう西暦で統一すればいいのにと思っていたくせに、令和はちやほやされ過ぎじゃなかろうか。
ともかく「時代」は、“弱い人”“できない人”に無理強いさせてはいけないし、それどころか労わらなければならないらしい。
体調が悪いなら帰るべきで、元気な人が仕事をすればいいと言うけれど、それって限られた回数で、お互いさまの時だけ頷けるルールのはずだ。結局我慢する人とできる人とで世界がまわっていく。
登場人物の中で唯一まともに見える女性社員・押尾さん(芦川の後輩)の、真っ当すぎる思いはことある毎に浮かんではこぼれ落ち、報われない。
押尾さんが負けて芦川さんが勝った。正しいか正しくないかの勝負に見せかけた、強いか弱いかを比べる戦いだった。当然、弱い方が勝った。そんなのは当たり前だった。
最近多いなあ、この構図。と『死ねばいいのに』(京極夏彦著)の感想でも書いた。
ネットニュースでも頻繁に弱者申告した人(だいたい女性)が、本来勝てるはずのなかった相手(だいたい男性)から受けた被害を訴え、同情票を集め、結果、勝っている。
弱者ポジションを取った方が勝つのが当然の「時代」。やっぱり怖い。
さて、ではなぜこんなタイトルなのかというと、「おいしいごはんが食べられない」人(二谷という男性社員)が出てくる。
この人も色々と屈折したくせ者なのだけど、一番の特徴が三食カップ麺で済ませらるならそうしたい、食べることとその周辺すべてを憎んでいるような人物だ。
彼の徹底した主義に共感はできないが、根底にある食への関心の低さは私にもある。
私はベジタリアンであること以外に拘りがほとんどない。
添加物たっぷりのものは避け、なるべく自然な素材でできていて欲しいとざっくり願ってはいるが、じゃあ無添加のものだけを選んでいるかといえば全然そうではない。
体に悪いのは百も承知で毎日飽きもせず甘いコーヒーを飲み、甘いお菓子を食べている。
また、食べ物のために気が遠くなるような長い列に並ぶとか、わざわざ遠出するとか、旅先であれとあれを食べようとか、その種の情熱は皆無だ。
だから、二谷が「おれは、おいしいものを食べるために生活を選ぶのが嫌いだよ」と言う点では同類だ。
おいしいって言ってなんでも食べる人の方が、大人として、人間として成熟してるって見なされているように思う
食べるのがあんまり好きじゃないって発言したりするだけで、すぐさま、そんなこと言ってたら天罰下るよって後ろ指をさされる
そうなんだよなあ。
私は昼休憩にちゃんとした食事(とくに油を含むもの)を摂ると顕著にだるくなり午後の仕事に支障が出るので、昼ごはんは基本的に食べない。その代わりにエネルギー源として敢えて甘さを控えないコーヒーを飲む。飲みながら煙草を吸う。それで午後の仕事は回る。
けれど、「お昼何食べたの?」と聞かれて「コーヒーだけ」と答えると、怪訝な顔をされる。
え、食べないの?
それだけ?
なんで?
大丈夫?
質問者の頭の中のクエスチョンマークが可視化されそうなくらい変なことを言ったとは思えないのだけど、どうやら世間では昼休みにランチを食べるのが当たり前らしい。
挨拶代わりに訊かれたのはわかっていても、「お昼食べた?」という投げかけは毎回毎回うんざりする。
天罰下るよ、という意味合いのことを言われたことはないが、「なぜ?」と思われるのは本当に大きなお世話だし、逆に「朝ごはんをしっかり食べてきたであろうあなたが数時間後にもう昼食を欲するのはなぜ?」と訊き返したい。
人それぞれですから、という「時代」なら昼ごはんを食べないことくらいでいちいち驚かないでいただきたい。