乱読家ですが、何か?

読書メーターで書ききれないことを残すためのブログです。

#149 秘祭  石原慎太郎著

 

 

 私は著者をはじめ石原家のことも、ひいては石原軍団についてもほとんど知識がない。

 なので、友人からこの本をもらわなければ一生石原慎太郎が書いたものを読んでみようという発想はなかったかもしれない。

 

 都知事だったことはさすがに知っていた(一応都民だったし)が、政治に興味がない私にとっては「裕次郎の兄でお天気の人(良純)の父」という認識の方がまだ馴染みやすい。

 とはいえ裕次郎世代でもないので、漠然となんだかすごい大物揃いの一家というイメージを持つ程度。

 

 軍団(石原プロ)のことも、聖輝の結婚→神田正輝=石原軍団という三文記事的情報源から初めて存在を知り、それから他のメンバー(どれだけ醤油や塩が流行ろうが、うちはソースでいきます! みたいな濃い面々)を「あの軍団の人」として見るようになった。

 

 そんな雑な先入観からすると、ごりごりの男臭い世界(政治家・財閥・裏金みたいなやつ)を書きそうな著者であるが、この小説を数ページ読んだだけで、あらゆる思い込みは百八十度覆されてしまった。

 

 

 とにかく驚いたのは、文体の美しさ。

 

 それにしても、このひきこまれるほど澄んだ玻璃の水と白い砂、緑の島々の全景を空の高みから眺めたならどんなに素晴らしかろうか。渡しの小船のいく航路の周囲の水の下にひそむ無数の暗礁は、驚くほど目まぐるしく鮮やかな変化で展開していく。僅かな水深の違いで、水中の岩礁は射しこむ光を浴びてきらめいたり、さらには群がる魚たちの華やかな色どりまでを垣間見させる。と次の瞬間、岩礁は切れ、深い白砂の水底を映して虚しいほど青く明るい水がつづく。そしてまた次の水中に輝く岩礁、さらにその向うに突然浮き上ろうとする獣のように波に背を洗わせて現れる岩。

 

 

 まさに出だしの一頁目から二頁目にかけて。

 沖縄の離島が舞台なので、この後も自然溢れる風景描写が多く出てくるのだけど、それらは全て著者が実際に見た海や島を書いているはずだ(後記に「八重山に想を得た」とある)。

 

 

 あの石原慎太郎が「虚しいほど青く明るい水」だなんて!

 むむ。おぬし、やるな。と、何目線かわからない感心の仕方をしながら、気付けばどんどん物語にのめり込んでいた。

 

 

 主題である秘め事に関して詳細は書かないでおくが、文体の調和はそのままに余所者(僅か17人の住民しかいない島にリゾート開発の会社から遣わされた主人公)が謎に迫っていく展開は、読み手も同じく余所者の一人として一緒に探っていく感覚になる。

 

 そして最後の最後まで、ソトの者はソトの者で絶対にウチには入り込めないのだという確固たるルールが厳かに守られ続ける圧巻のラスト。

 ホラー的怖さもありながら決していき過ぎていない、絶妙の匙加減で物語は終わる。

 

 

 こんな文才のある人だったのかと、今になって知ることができただけでも私にとっては一読の価値のある一冊だった。