お前は、誰だ。と言い放っておきながら、私が知らないだけで実は超有名人の可能性もあるので調べてみたら、この人も探偵小説を書いていた。
乱歩大先生のことをあんなにこきおろしているのだから、たいそう面白い探偵小説を書いているんでしょうね。そうじゃなければますます許せませんけど。
と、挑戦的に読んだ。
とはいえ怒りを引きずるのは大人気ないし、本当に面白ければ素直に白旗挙げるつもりでいた。
で、青空文庫で読める短いものを立て続けに読んだところ、可もなく不可もないようなものばかりだった。
隙間時間にさらりと読むにはちょうど良く、しかし度肝を抜かれるようなトリックも展開も見当たらない。
この人が、さんざん「芸術的価値」とか「芸術的結構」云々、御託を並べていたかと思うと呆れるばかり。
でもまああまりいじめてばかりでは可哀想なので、ちょっと面白かった作品を取り上げることにする。
この『アパートの殺人』は、『悪女について』(有吉佐和子著)の構図とそっくりだったので印象に残った。
まずアパートの自室で美しい女優が死んでいるところからはじまって、彼女を知る数人の取り調べが続く。
主に女優と関係を持っていた男性の証言で、事件当日の何時に彼女を訪ね、どう過ごし、いつ立ち去ったか証言する中に、もう生きてはいない彼女の人となりが見えてくる。
証言する男性陣に共通しているのが、どの人も自分以外の男の影を疑い、自信を失いそうになりながらも「彼女が愛していたのは自分だけだ」と思い込んでいるところ。
それもそのはず、明らかに女優がそう思わせるよう仕向けていたからだ。
『悪女について』で様々な顔を見せた公子とは違う徹底した悪女(男を弄ぶだけでなく、完全なナルコポン中毒)っぷりは、大映ドラマみたいでなかなかのものだ。
ただ、真相はあっさりとしていて、女優の心の奥に迫るようなこともなければミステリとして謎を残すようなこともない。
ここでもう一度、平林某が乱歩に宛てた一文を引用する。
それにもかかわらず氏の筆には新鮮味が甚だ乏しく、常識的といってもよい程な生温い、説明的な文章である。
これをそのまま著者にお返しし、白旗は、挙げない。