日本で育った者ならば、昔話といえば桃太郎を真っ先に思い浮かべる人が圧倒的大多数だろう。
そのくらい有名な桃太郎。桃から生まれた桃太郎。犬猿雉を連れて鬼ヶ島へゆき、果敢に鬼退治をした正義の味方、桃太郎。
しかーし
芥川龍之介にかかれば、スーパーヒーローだったはずの桃太郎が完全にアウトローになって大暴れ。これが面白いのなんの。
童謡では、「あーげましょう あげましょう♪」と気前よくキビ団子をあげる桃太郎だけど、本作の中では「半分しかやらん」と渋っている。
私がいちばん好きなのは、桃太郎が鬼退治に行こうと思い立った理由。
思い立った訣(わけ)はなぜかというと、彼はお爺さんやお婆さんのように、山だの川だの畑だのへ仕事に出るのがいやだったせいである。
正義感でもなく、宝物欲しさでも名誉のためですらなく、単に野良仕事がいやだというのがそもそものはじまりとは!
それに続くキビ団子ケチケチ事件も、鬼ヶ島を征伐しても宝物は一つも分けてやらないと先に言っておく周到さも、なるほど頷ける。
桃から生まれたというところは昔話と同じだし、その木は黄泉の国に及ぶ根を張っているという設定は昔話以上に幻想的だというのに、生まれた桃太郎は反してものすごく人間臭い。
一方、悪者として登場するはずの鬼は、実は全然悪いことはしていなくて、美しい楽園みたいなところで穏やかな暮らしを営んでいる。
鬼からすれば人間の世界の方がよほど恐ろしいと信じているのだ。
そんなところへ突如攻撃をしかける桃太郎一座は正義の味方どころかもはやタチの悪い輩!
でも、なぜかこの暴君・桃太郎を最後まで憎めないのは、誰にでもある怠慢や強欲を隠さない正直さがあるからだと思う。
もし私に子どもがいたら、こっちを読ませたいなあ。教育上どうかは知らないけど。