読書家の友人が最近この著者にハマっていて、楽しそうに読んでいる。
私にとっては、だいぶ前に『放浪記』を読んだ朧げな記憶と、同作の舞台のイメージだけが矢鱈と強く、そんなに面白いものを書く作家という認識はなかった。
けれど友人の書いている感想が生き生きとしている様が無性に羨ましくて、早速何作かダウンロードして読んでみることにした。
森光子のでんぐり返しどころじゃない
何歳で、何回でんぐり返ったかなんて、そんなところばかり取り上げていたメディアに腹が立つくらい、面白いではないか。
この短編『婚期』は、昭和二十年頃の婚活話。
「活」といっても、もちろんマッチングアプリや婚活パーティーなんてものはない。結婚といえばお見合いが王道の時代である。
物語は、長女・登美子にどうかと持ち掛けられたお見合いの相手・安並をなぜか三女・杉枝が気に入ってしまい、とんとん拍子で杉枝の結婚話が決まったところからはじまる。
登美子はもともと結婚願望も薄く(四度縁談を断っている)、写真しか見ていないその男に思い入れがあるわけでもなし、さほど気にしていないように見える。
けれど、なにせ時代が時代。
次女は既に結婚していて今度は三女が嫁ぐというのに長女は……と、二十四にしてもう「行き遅れ」に片足をかけた負け犬扱いの登美子。
その勝ち犬VS負け犬の応酬と、負け犬のこじらせ具合が鮮やかに描かれている。
「私、安並さんのところへ行くのをやめてもいいのよ」
ある時、何気なく安並の写真を眺めていた登美子を見つけ、杉枝はこんなことを言い始める。もう自分が嫁に行くことになっていて、やめる気もないくせに何という意地悪。
「やめてどうするの?」
「やめてどうするって、お姉さんゆけばいいぢやァないの……」
「私がゆく? へーえ、そんな風に思って、そんな事を云ふの? 何も、貴女の旦那さんの寫眞を私がみたからつて、私がゆきたいから見たとは限らないでせう?――をかしいことを云ふひとだなア。安並さんがどんな人なのかとくと見聞しておくのも第三者としていいことぢやないの。(中略)」
登美子は内心、安並のことを悪くないなあなんて思っていたのだけど、悟られまいとして言い返す。この強がりがもうたまらない。生意気な妹に弱みを見せたくない登美子、がんばれ!
「姉さんは、安並さんの何處が気に入らないの?」
問い詰められた登美子、さあどうする。
「そうかしら、でも、私、この寫眞の蝶ネクタイが気に入らないわ。蝶ネクタイをしてゐるひとにろくな人がゐないもの……」
そこかよ!
確かに、不細工だとか性格が悪そうだとか言うのは嘘になるし、強がりを見抜かれかねない。
それにしても蝶ネクタイ。苦し紛れにもほどがある。
そんなこんなで予定通り結婚の段取りは進み、両家の顔合わせの日を迎える。
そこで登美子は初めて実物の安並に会うのだが……
登美子は寫眞よりもいいひとだと思つた。寫眞を見ないで、最初に人間同志逢ってゐたら、案外、安並と芽出度く結婚をしたかもしれないと思つた。
うう。今更そんなこといったって、せっかくのお見合い話を「気が進まない」って放置してたのはあなただよ。
それにしても杉枝め! 姉の気持ちも汲まずに浮かれやがって! とちゃっかりした性格の三女を恨めしく思ったこの直後、こじらせ登美子が驚きの行動に出る。
運命の神様は面白いめぐりあひをおつくりになるものだと、登美子はふつとのこりをしい気持ちで安並の皿の上にあるかまぼこを何氣なく箸でつまんだ。
エェ━━━━━(;゚Д゚)━━━━━!!?
ちょちょちょ、ちょっと、登美子、どうしちゃったの!?
安並さんの皿のかまぼこを……食べちゃった!
ただ、安並だけは、自分の皿からつまみあげられた一片のかまぼこのゆくへをよく見てゐただけに、心はおだやかではなく、知らぬ顔をしてかまぼこをもりもりと食べてゐる登美子の横顔を呆れて眺めてゐた。
かまぼこを
食べた
登美子
こんなことってあるの? あるとしても、この描写、必要??
と一瞬思ったけれど、こういうセンスをしれっと挿し込んでくるところが林芙美子の才能であり味なんだろうな。
こりゃ私もしばらくハマりそうだわ。