乱読家ですが、何か?

読書メーターで書ききれないことを残すためのブログです。

#16 安楽病棟  帚木蓬生著

 

 医療をテーマにした小説を、たまに読む。

 小説だからもちろんフィクションだしミステリ仕立てになっていることも多い。

 どこまでがリアルでどこからが虚構なのか判断はつかないけれど、現代社会の直面する問題が盛り込まれているものは小説という枠を超えて読み応えがあるし、現実味を帯びて考えさせられる。

 

 そう、考えさせられるのだ。

 

 何事の感想も、「考えさせられました」と片付けるのはなんとなく逃げのムードを纏っているので極力使わないようにしているのに、医療現場で繰り広げられるエピソードを読むと「うーむ、考えさせられるなあ」と自然に出てきてしまう。

  

 とくにこのジャンルで私が信頼する作家といえば帚木蓬生と久坂部羊のツートップ。

 どちらもれっきとした医師だから知識と経験は本物。なのに、専門書のような難解さは慎重に取り除かれているから、素人にも優しい。さらにフィクションとして山あり谷ありの展開も用意されているときたら敬服するしかない。頭の良い人は何をやってもスマート!

 

 

 さて、この『安楽病棟』は痴呆老人が入院している病院での「終末医療」がテーマとなっている。

 登場人物である医師が簡潔にまとめてくれているので、今までぼんやり持っていた「安楽死像」がすっきり整理できた。

 

 まず、患者側から見ると<自発的><非自発的><反意的>の三種、医師側からは<積極的><消極的>に分類することができる。

 日本では患者側がどうであろうと、医師側の<積極的安楽死>が法的に認められておらず(厳密には、数々の条件を全て満たしていれば認められる)罪に問われてしまうのが現状。

 もう一方の<消極的安楽死>は、本人もしくは近親者の意思表示があれば先が短いと判断された患者に対し無理な延命措置を施さない、つまり、「できるだけ苦しまない」ことを重んじて死を促すことが可能となっている。

 

 

 安楽死をポジティブに捉えるか、否か

 

 

 これって、身も蓋もない言い方かもしれないけど結局は個人個人の価値観による違いでしかないように思う。

 自分自身がそれを望むかどうかも、家族や近しい人を安楽死で逝かせるかどうかも、各々の考え方次第であって、正解・不正解で答えを出したり多数決をとる問題ではない気がする。

  だったら法律云々ではなくて、完全選択式にすればいいのに。なんて、短絡的すぎるのだろうか。

 

 たとえば臓器提供と同じように「私は安楽死希望です」という意思表示カードを作る。

 そこにきちんと「積極的もアリ」「消極的ならOK」など細かく登録して、さらに家族の同意署名も付けておけば終末期に呆けたり意識がない状態でも有効とか……ダメなの? 

 積極的安楽死は殺人あるいは自殺の幇助(ほうじょ)とされているけど、そう思う人は自分が安楽死を選ばなければいいだけのことで、他人の選択に口を出す権利って誰にあるんだろう?

 

 

 私の祖父母はどちらも90越えの長寿(痴呆は無し)で、二人とも最期はこの<消極的安楽死>だった。

 これは私たち残された側にとっても最善の選択だったと今も思う。というより、残される人たちのための選択であるところも何割かあったのではないだろうか。

 もちろん大前提として「苦しみを最小限に」という思いがあってのことだけれど、そこには「もう会話もできないくらい衰弱している身内が管に繋がれている姿を見たくない」という悪く言えばこっち側の都合(エゴ)があることも認めざるを得ない。

 場合によっては「これ以上医療費をかけたくない」「いつまで続くかわからない看病は無理」など、もっともっとエゴエゴしい(造語)事情によるケースもあるはずだ。

 

 それでも私は、迷いなく安楽死を希望する

 

 あの手この手を尽くして寝たきりの状態で長生きしたいとは思わないし、それを望む家族もいない。法が改正されたら<積極的>でもいいくらいの安楽死派だ。

 これは順番でいけば先に逝く可能性の高い母とも一致した意見で、お互いに確認し合っている。

 

 

 このテーマを突き詰めていくと、命とは、この世とあの世、魂と肉体、みたいなところにまで話が及ぶのだろうけど、そこに踏み込んでいくとますます本の感想から離れて長くなりそうなのでここらへんにしておこうと思う。

 

 いずれにしても、現段階の私の意思は倫理観というより情緒が大部分を占めているので、違う角度から再検討の余地があるなとこの本を読んで思った(本の感想っぽいのものがこれだけ!)。

 反対派には反対派の理由があるはずだし、それを知った上で決めない理由はない。

 

 と、このようなことをつらつらと考えさせられた一冊だった。