乱読家ですが、何か?

読書メーターで書ききれないことを残すためのブログです。

#114 さらさら流る  柚木麻子著

 

 

リベンジポルノあるいは復讐ポルノ(ふくしゅうポルノ)とは、離婚した元配偶者や別れた元交際相手が、相手から拒否されたことの仕返しに、相手の裸の写真や動画など、相手が公開するつもりのない私的な性的画像を無断でネットの掲示板などに公開する行為のこと。カメラ機能・ビデオ機能が付いた多機能携帯電話(スマートフォン)が普及したことで個々人が撮影と投稿を手軽に行える環境となっていることも、リベンジポルノ問題を潜在的に起こしやすくする要因の一つとなっている。(Wikipediaより引用)

 

 

 この小説は「リベンジポルノ」がテーマだという前情報で読んだけど、全くリベンジポルノではない、と私は思った。

 

 主人公(菫)は、大学時代の彼氏(光晴)によって自分の裸の写真がインターネットで晒される被害に遭うことは遭うのだけれど、それは復讐のためではなく、故意ですらない事故的な被害。

 写真を流出させてしまった彼に落ち度は大いにあるにせよ、「リベンジ」という言葉は当てはまらない。むしろ、当てはめようとするために、彼の生い立ちや母親との確執、それと対比するような菫の家族の在り様に強引にくっつけた印象の方が強い。

 

 確かに光晴の潜在意識には、何の苦労もなくぬくぬくと育ってきた(ように見えるし、実際そうだ)菫に嫉妬心や競争心はあったかもしれない。

 ただ、それ故に写真を撮ったのではないし、復讐を目的として意図的に拡散したのではないのだから、やっぱりこれはリベンジポルノではない。

 

 

 構図としては、被害者VS加害者=善VS悪、つまり被害者及び周囲の人たちが協力し合って悪を倒す、わかりやすい勧善懲悪のお話。

 

 

 でもなぜだろう、私は菫を可哀想だとちっとも思えず、光晴を責める気持ちにもならない。

 全力で菫を守ろうとする親友(百合)も、がっちり寄り添う家族のことも、彼らが必死になればなるほど白けた目で見てしまう私は冷酷な人間なのだろうか。

 

 

 そんな私に近い目線、いやもっと冷たく菫に起こった出来事を見つめている人物が一人出て来て、束の間ほっとする。そう、これは安心感。

 

 

 菫が入社以来もっとも信用していた女性の先輩(坂咲さん)だけが、他の優しい人たちとは違った態度を示した。

 

「そんな相談されてもなあ……」

(中略)

「厳しいこと言うようだけど、撮らせたのはあなたなわけだし、これはもう、あなたが心を強くしてなんとかするしかないんじゃないかな。それに、そんな目にあったのに、こうして会社に来れてるわけだし、そんなに爪を綺麗にする余裕もあるみたいだし、まずは大丈夫なんじゃないの? 私だったら、絶対に無理だな」

 

 

 この先輩が出てこなかったら本当につまらない小説だと思って終わるところだった。

 坂咲さんのいう「撮らせたのはあなた」という点に強く同感しながらそう思う。

 

 

 レイプをされてとか、睡眠薬を飲まされてとか、幼児の、盗撮の、ならばそれはリベンジポルノ云々ではなく別種の事件であって被害者は完全に被害者。

 

 そうではなくて、それなりの付き合いのあった相手に写真を撮らせた時点で双方合意の上なわけで、責任は両者にある。

 悪意の有無にかかわらずプライベートな写真を漏洩した側が最も悪いのは事実。それでも、なぜそんな被害に遭ったのかを突き詰めていけば、必ず「そもそもそんなものを撮らせなければ……」という唯一点に辿り着く。

 

 酔った勢いで、ノリで、相手に嫌われたくないし、まさか、というのは結局詰めの甘さでしかない。

 どんなに親密な関係であっても、写真や動画が後々誰かに見られる可能性があることは大人なら誰だって予測できるはず。

 

 

 そうは言っても、私だって菫と同じ目に遭う可能性はいくらでもあったと思う。

 実際に写真を撮らせたことはないけれど、もし過去の恋人とのじゃれ合いの中でそんな流れになっていたら深く考えずに承諾した可能性はゼロではない。

 そして、別れた後にその写真がどこかに流れてしまったとしたら、「そんな人じゃなかったのに」「何かの間違いなのでは」「こんなことになるなんて」と、菫と同じように思ったかもしれない。

 

 

 ただ、どうしても同情や共感という感情は芽生えなかった。

 

 

「あのね、今まで言ったことなかったんだけど、あの人、別れる時に言ってたの。私が強いのは、スタートからして自分とは違うからだって。家族や環境や友達に恵まれているからって」

「なんだその捨て台詞。死んで欲しいわ、やっぱ」

「うん。でも、本当のことだよ。だから、ずっと、引け目があった。自分が彼より強いことに。ずるしている気になってた。だけどね、私の強さって百合の才能と同じように、もっと誇っていいものなのかもしれないね。毎日毎日自分でみがいて育ててきた何か。そう信じることを許そうと思う。この海までつながっていた、百合んちの前の見えない川みたいに、ずっと流れ続けてきたのかもしれないね。百合はそれをあの絵で見つけてくれたんだよ。ありがとう」

 

 

 なんだかよくわからない方法で被害のショックから立ち直っていく菫と百合のこのやりとりで、やっぱり私はこの人ではなく光晴の運の悪さに同情する。

 

 自分でも強いと自覚しているのに弱者(被害者)として立ち振る舞って、あろうことかその強さを誇ろうとする、そんな主人公に怒りさえ覚え、背中を押した友人に何してくれてんだと腹が立った。

 

 茶番だ茶番だ。そんな茶番では私の心は揺さぶられない。