小説
読書メーターで、いつもスパイシーな感想を書く読友さんが最近読まれたのを見て、これは昔教科書で読んだような……と懐かしくなり、約三十年ぶり(?!)の再読。 時は平安末期。 顎の下まである長い鼻を気に病む僧(禅智内供)が、どうにかして鼻を短くしよ…
これは、私だったかもしれない。 子育てをしている女性が出てくる小説はいくつも読んだことがあるけれど、私にとってはやはり対岸の出来事で、その歓びや辛さは真の意味で理解も共感もできないという前提で読むフィクションだった。 けれど、この小説は違う…
『野菊の墓』の著者の、こちらもまた菊がつくタイトル。 何か菊にとくべつな思い入れでも? と思い読んでみたら全く違うテイストの面白さがあった。 ざっくりいうと、旧友の家に泊まらせてもらった際のもてなしにぶつくさ文句を垂れているだけの話。 通され…
実は今回が三度目の再読。 過去二回は、宇宙の仕組み(量子力学)や戦争とか政治とかに疎い私にとっては難解な箇所が多すぎて登場人物のバックグラウンドから相関関係に至るまで見失ってばかりで、およそ理解には遠かった。 そのままでは口惜しいので意を決…
少し前に電子書籍でダウンロードしておきながらなんとなく手を付けられないでいた――難しい話で読みにくいのではと尻込みしていた――のを、先にこれを読んだ友人の話を聞いているうちに、俄然読まねばという気になった。 まず感じたのは、難しさではなくとにか…
心の汚れてしまった大人全員に、これを読んで浄化しなさいとお薦めしたい。 よく、小説でも映画でも「絶対泣ける!」みたいな余計な触れ込みがくっついているやつがあるけれど、私はその手のもので泣くことはない。そもそもそんな煽り文句を見た時点で、あり…
初めて読んだ安部公房がこの『箱男』で、当時大学生だった私はぞくぞくするような感覚を覚えた。 それは更に十年遡った小学生の頃、江戸川乱歩に出会った時と同系の興奮だった。 改造した段ボール箱を被り、否、被るというのか中に棲むといったらいいのか、…
世界広しといえども、日本人ほど血液型に拘る国民は他にいないんじゃないだろうか。 A型は几帳面でB型は自己中でO型は大らかでAB型は二重人格であるというような共通認識が普遍的にあって、私自身、中学生くらいではもうしっかりと刷り込まれていたと思う。 …
『太宰治情死考』(坂口安吾著)を読んで、太宰もいいけど安吾も素敵♡なんて節操なく思ったりしたのだけど、安吾には矢田津世子さんというれっきとした恋人がいらっしゃった。 調べてみれば女優さんのように美しいお顔立ちで、しかも本書は芥川賞候補にもな…
桜桃忌の今日は、私が読んだ太宰の中でいちばん面白かった作品の感想を。 「興味深い」の方じゃなくて笑いとしての面白さ。 和子という育ちのよさげな若い女性が或る小説家に手紙を送る。 その内容に見える自意識と思い込みの強さがまず面白い。 ファンレタ…
『人間失格』ほどではないけど、学生時代に何回か読んだ作品。 「斜陽族」という言葉があったと母から聞いたことをなぜかずっとおぼえている。 そういえば昭和には「カウチポテト族」とか「竹の子族」とか「ひょうきん族」とか、いろんな族がいたもんだ。 そ…
太宰の陰で地味に継続している林芙美子祭り。 この短編の主人公・きんは、老いに本気で向き合い始めてたかだか数年の私より一回りくらい年上の女性で、先輩の行動に度肝を抜かれたり手ほどきを受けているような心持ちになったりしながら読んだ。 自身の顔や…
以前、別の小説の感想の中に、自分自身の大学時代を「恋愛至上主義の時代だった(暇だったのだ)。」と振り返って書いた。 この小説では、主人公・ハナが、私の(暇だったのだ)とまったく同じことを言っている。 「ねえおねえちゃん。チサトさんもおねえち…
久しぶりに最初から最後まで前のめりで読んだ本。 そろそろ寝なくちゃ……でももう少し……と読む手が止められず、つい夜更かししてしまうことは案外少ない(睡眠の大切さがだいたい勝つ)けど、これは睡眠時間を削ってでも読んでしまう小説だった。 まずプロロ…
昨年10月に日本の書店で大量に平積みされているのを見て、平野啓一郎ってそんな扱いの作家だったかな(個人的には好きだけど)と思ったら11月に映画が公開される(ためのタイアップ)ということで納得。 刊行時から気にはなっていたもののその時は恋愛小…
運命というのは、何もドラマチックな非日常の出来事ではない。むしろ日常の無数の組み合わせでできている。 あの時あの店に行ったことで、5分朝寝坊したことで、雨が降ったことで、たやすく何かが始まる。 とはいえ無限の可能性の中で「私たちが出会えた奇…
平野啓一郎さんといえば「分人」論者。 「個人」は、実はもっと小さな単位「分人」の集合体でできているという説は、私が学生時代に悶々と考えていたことを無駄も矛盾もなく整理してくれた。 即ち、一人の人間の中に 会社用の自分=分人A 友人用の自分=分…
林芙美子祭りは続いている。 一か月くらいでごく短いものを三つ四つ読んだけれど、著者はずっと女の幸せってなんだろうと問い続けていた人なんじゃないか、そう思う作品ばかりだった。 『婚期』のこじらせ登美子も、『リラの女達』の女給たちも、『清貧の書…
この短編は、昭和初期の『だめんず・うぉ~か~』として読んだ。 冒頭から母親に「おとこうんがわるうて」(注:本文では傍点付)と嘆かれている、そして本当に男運が悪いというか、だめんずに弱い主人公。 私はその男と二年ほど連れ添っていたけれど、肋骨…
私の読書史上、再読回数断トツ1位の作品。 自分は、わざと出来るだけ厳粛な顔をして、鉄棒めがけて、えいっと叫んで飛び、そのまま幅跳びのように前方へ飛んでしまって、砂地にドスンと尻餅をつきました。すべて、計画的な失敗でした。果たして皆の大笑いに…
舞台は銀座の料理屋「リラ」。 料理屋といってもレストランではない。 女給(要はホステス)がいて、客は男ばかり。今でいうキャバクラというところだろうか。 しかしそこに繰り広げられるのは華やかで煌びやかな夜の世界とは遠い、憂いの色濃い現実ばかり。…
読書家の友人が最近この著者にハマっていて、楽しそうに読んでいる。 私にとっては、だいぶ前に『放浪記』を読んだ朧げな記憶と、同作の舞台のイメージだけが矢鱈と強く、そんなに面白いものを書く作家という認識はなかった。 けれど友人の書いている感想が…
目には目を 歯には歯を ハンムラビ法典はそう説く。 右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ キリストは言った。 さてどっちをとるか。 復讐は正義か悪か 真逆の視点から詰め寄ってくる小説を二作読んだ。 復讐法は、犯罪者から受けた被害内容と同じことを合法…
前回引き合いに出した『夢を売る男』が本命で、これはついでというかたまたまその時お買い得価格になっていたから買ったもの。言い訳する必要は全然ないんだけど。 それにしても、5年くらい前に読んだような……という曖昧な記憶だけで19編ものショートショー…
不動産会社に就職して間もない主人公・松尾の奮闘を描くお仕事小説(という括りになるのかな)。 前半はブラック企業の実情がこれでもかと続き、なかなか営業成果を出せない松尾のストレスが体感的に伝わってくる。 家を売れ、とにかく売れ、お前ら営業は売…
この小説は、早稲田を中心に5つの大学に属する男女の特徴の書き分けが実に巧み。 私はいずれの卒業生でもないけれど登場する女子それぞれに少しずつ若き頃の自分の姿が映し出され、苦味を含む懐かしさを噛み締めることになった。 私にとって大学時代という…
あの春日センセイが小説を書いていたなんて知らなかった! ‘あの’とかいうとさも知り合いみたいだけど、知り合いどころかこれまで読んだのは穂村弘さんとの対談『秘密と友情』だけ。 その時の、二人のおじさんが可愛らしい女子会みたいに見せかけて真理に迫…
なんやろ、これ。 思わず関西弁でつぶやきそうになる読後感。 私はなぜか小説となると関西弁が苦手なのだけれど、この作品は例外中の例外。ただ“なめらかな言語”として流れていく文章は何弁とかいう範疇をゆうに越えている。 主人公も、彼女を訪ねて大阪から…
好きな作家との決別 今私は、西加奈子との別れを感じている。 初めてのことではないが、失恋だって二回目三回目なら痛みも悲しみもないわけではない。 いや失恋とかいったらちょっと気持ち悪いか。じゃあ何だ? あれだ、バンドが解散する時の「方向性の違い…
どういうわけか手帳の「読みたい本」リストに著者の名前があって、その理由はまったく憶えていないのだけど、この一冊(デビュー作らしい)だけ馴染みの古書店にあったので読んでみた。 主人公は外食チェーンに勤める男性。 25歳という青春と呼ぶには微妙…